4月の火鉢道具店:松下幸之助の火鉢屋

こんにちは。

久しぶりのブログ更新です。

火鉢のシーズンはもう終わりますので、お道具は在庫あるのみになります。

骨董の火鉢だけ大事にとってあったものがあったので、今月皆さんにすべてご覧頂けるようにいたします。

その後は次の秋まで半分休業みたいな感じになります。

 

目についた古美術品や、とっても珍しいお茶も出品しようと思いますが、あくまで個人的な趣味の範囲になります。

 

これから火鉢の文化をどんどん掘り下げて、いつか火星に地球の文化を移設するときに、一緒に持っていってもらえるように今から整えていきます。冗談のように聞こえたかもしれませんが、かなり本気です。なのでのんびりやっていきます。

 

そういえば先日、天馬の歌という本を古本で買いました。(メルカリで)

新潮文庫の本で、著者は神坂次郎です。

存じ上げません。

そしてこの本じたい、あのAmazonさんにも存在しません。

 

まだ全部読んでいないのですが、松下幸之助の最初に丁稚へいった先は、火鉢屋だったそうです。

当時、自転車屋という呼び名と同じように、火鉢屋という職種としてのカテゴリーがあったようです。

その意味での火鉢屋です。

お店の名前は宮田火鉢店

製造と販売をしていたそうです。

そこで火鉢磨きの仕事をしたのが、松下幸之助の最初の労働だったそうです。

 

ただこの宮田火鉢店、3ヶ月で製造一本に絞るということで移転してしまいます。

それで松下幸之助は自転車屋で働き始めるわけです。

 

この短い火鉢屋での丁稚ですが、かなり大変だったようです。

特に木製の桐火鉢などは1台丸一日かけて磨かされたそうで、指先も手のひらもスリムケ腫れ上がっていたそうです。

お給料は1日5銭。

かなりの高給で相当嬉しかったみたいです。

 

中々古い本なので、このまま読み進めたいと思いましたが、最初の丁稚が火鉢屋だというのは面白かったです。

でも当時すでに火鉢のお店は下降線ですから、今この時代に火鉢だけでやっていくのは大変です。

 

 

しかしつい数年前までは火鉢のお店だけで1年間充分にやっていくことができました。

 

それが5年前の震災がきっかけですね。

あれで福島の山が使えなくなってしまい、そこから炭の枯渇が始まります。

5年前までは当たり前のようにあったくぬぎ炭は、今では殆ど販売することができません。(春〜夏は多少あります)

鉄瓶もこの震災から一気に人気になり、手に入らなくなりました。

同時に私どもの方でも販売できなくなりました。

 

そうしてどんどん先細りになっていったのでした。

 

 

今は先に書かせていただいた「火鉢文化を火星まで」のつもりで続けています。

あとは長年火鉢と骨董とお茶を飲み続けてきた個人的趣味をかねて、珍しいものを少しばかりご紹介していけたら楽しいなと思っております。

 

火鉢教室もまた復活させるつもりです。

だって、やっている人もお店も無いですからね。

世界で一人くらい、火鉢教室をやっていても許されるんじゃないかと思います。

 

ということで、春〜夏はゆるくやってまいりますので、よろしくお願いいたします。

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