鉄瓶は難しい。。。

こんにちは。

番頭のミウラです。

現在、新しく鉄瓶のお店をインターネット上につくっています。

鋳掛屋(いかけや)綱取職人の鉄瓶だけをご紹介していくお店(Webサイト)です。

 

鋳掛屋については以前記事にしてみました。

鋳掛屋という仕事と、日本の鉄瓶、鋳物について書いてみた。

 

江戸時代にはじまった鋳物の修理屋さんの名称です。

士農工商ってありましたね。

職人さんは鋳物師というだけあって士でした。

 

刀鍛冶を始めとする鋳物は国力を守る要ですから大事です。

人々の生活を便利で豊かにする鉄の道具。

これがなければ農業もご飯もままなりません。

そんなわけで士業としてなりたっていた鋳物師です。

 

ちなみに火鉢をつくる職人さんも幕府から許可を受けた専売制でした。

 

さて。

鋳掛屋ツナトリさん

綱取さんは虎山工房の職人さんです。

弊店では鉄瓶の修理をお受けしておりますが修理しているのは虎山工房です。

虎山工房にいる綱取さんが修理をメインで担当しています。

その綱取さん。

同時に仁左衛門の技を受け継ぐ1人でもあります。

これはなかなか鉄瓶業界では凄いことなのですがその説明が難しいのです。

説明がというよりも私の理解がなかなか追いつかないと申しますか。

綱取さんから二度三度と聞いてメモしたのですがお電話口ですし。

岩手に行きたいのですがコロナ罹患者が最後まででなかった岩手へ東京からノコノコ出向くのはちょっとまだ気が引けます。ただの旅行だったら蜜にナラずに移動できますが。

 

春〜夏はなんか平気そうなのでその時に伺う予定です。

でないと今ひとつ理解が追いつかないのです。

 

 

鉄瓶にも色々系譜がありまして故に知れば知るほど先があるので「う〜ん」となってしまいます。

 

ただ言えるのは盛岡の鉄瓶の元をつくった京都の仁左衛門の技を受け継いだ1人であるということです。

 

仁左衛門は砂鉄が得意でした。

いわゆる鉄、岩鉄(がんてつ)といわれる鉄よりも制作はずっと困難です。

 

ガラスと同じ物質構造だといわれる砂鉄の鉄瓶を鋳掛屋綱取は得意としています。

 

簡単に「綱取さんは砂鉄が得意です。」でも充分なのですが中には詳しくお知りになりたい方もいらっしゃるのじゃないかと思うのと1人の鋳掛屋ツナトリさんの歴史みたいなのをネット上に残しておきたいのでちゃんと理解して大事に書いていこうと思います。

 

鋳掛屋ツナトリの鉄瓶を紹介する専用サイトは今月の後半に公開予定です。

一応私の誕生日の23日前後を目標にしています。

砂鉄の鉄瓶と秀仙の鉄瓶他