このお話は、龍文堂の鉄瓶をお持ちで、底の取り替え修理――いわゆる「替え底」――を検討されている方、あるいはすでに替え底の修理を終えられた方に向けて書いております。
龍文堂の鉄瓶がいかに古い道具であるか、替え底とはどういう修理なのか、そして直したあとどう付き合っていけばよいか。そのあたりを、当店の目線でひととおりお伝えできればと思います。

龍文堂の鉄瓶は、そもそもどれほど古いものか
一口に龍文堂と申しましても、正確な製作年代を一点一点断定するのは難しいものです。ですが当店にお持ち込みいただく龍文堂の多くは、昭和初期、あるいは明治から大正にかけて作られたものと見てまず間違いなく、少なくとも七十年、時には百年近く時を重ねているものも珍しくございません。
七十年、百年というのは、人の一生の大半に近い時間です。その間、幾人の手を経て、幾度の湯を沸かしてきたのか。そう思いながら手に取ると、修理という仕事にも自然と背筋が伸びるものです。
「替え底」とはどのような修理か

長く使われた鉄瓶は、底の部分がどうしても薄くなり、いずれ水が滲むようになってまいります。そこで底だけを新しく作り直し、本体に接ぐのが「替え底」という修理です。
新しく入れる底そのものは新品で丈夫にできあがりますが、本体と新しい底の継ぎ目については、漆と鉄粉を練り合わせた「埋金(うめがね)」という古くからの技法で接合いたします。

埋金は、修理のためだけの技ではございません
「埋金」と聞くと、傷んだところを繕う技術というふうに思われるかもしれません。ですが、実はそうとも限らないのです。
むかしの上等な鉄瓶は、一つひとつ職人の手によって鋳造されておりました。その工程では、型を内側から支える「中子(なかご)」というものを使うため、鋳上がった時点で底に穴が空いております。その穴を埋めるために、新品の時点から埋金という技が使われてまいりました。
つまり埋金とは、壊れたものを直す技である以前に、良い鉄瓶を仕上げるための、由緒ある製法のひとつなのです。今の量産品の底に丸い跡が見られることがあるのも、もとをたどれば同じ、型を支えるための必要な痕跡です。
古くから「鉄瓶における最も強い接着方法」とまで言われてきた技法でございますので、その点はどうぞご安心なさってください。
とはいえ、継ぎ目には少し心を配っていただきたく

底そのものは新しく、丈夫にできあがっておりますが、本体との継ぎ目については、やはり少しの気遣いが要ります。
修理の際には、実際に火にかけて水漏れのないことを確かめたうえでお渡しするのが基本ですが、長くお使いいただく中では、使い方によって継ぎ目に負担がかかることもございます。
たとえば、次のような扱いは、できるだけお控えください。
- ストーブや薪ストーブの上に、長時間かけっぱなしにする
- 一日中、火から下ろさずに使い続ける
- 空焚きをする
- 水が少なくなった状態のまま、加熱を続ける
冷めている間は何ともなくとも、熱で膨張したときに継ぎ目にわずかな隙間ができ、そこから水が滲むことがございます。急かさず、無理をさせない。これは道具にも、人にも通じるお話かもしれません。
龍文堂は、もともと急いで使う道具ではございませんでした
龍文堂は古くから、日本を代表する高級鉄瓶として名を知られておりました。
夏目漱石の『吾輩は猫である』にも、龍文堂の鉄瓶が登場いたします。作中では、主人が鉄瓶から聞こえる「松風の音」に耳を傾ける、そんな場面が描かれております。
松風の音とは、湯が沸いてゆく折に鉄瓶が立てる、あの穏やかな音のこと。茶の湯の席では、この音ひとつを愉しみに、しばし静かに座しているようなところもございます。急いで沸かした湯では、この音を聞き逃してしまいます。
龍文堂は、そもそもそうして特別なひとときを愉しむための道具として大切にされてきたのであって、日々忙しく酷使する暮らしの道具ではなかったのだろうと、私は思っております。替え底で底が新しく生まれ変わったあとも、この鉄瓶の来し方を思えば、毎日長時間お使いになることは、あまりおすすめいたしません。時折、静かに湯を沸かす道具として、末永くお付き合いいただければ幸いです。

火にかける道具を選ぶなら

替え底をした鉄瓶を長持ちさせるためには、火加減もさることながら、どの熱源を使うかが、実はとても大切になってまいります。
いちばんおすすめできるのは、電熱コイル式の電気コンロ
ニクロム線タイプのものであれば、ゆっくりと均一に熱が伝わりますので、鉄瓶への負担が最も少のうございます。
ガスコンロをお使いの場合は、必ず弱火で
強火で毎日使い続けますと、およそ一年ほどで底に錆が生じ、表面が少しずつ薄く剥がれてまいります。ガスの炎には水分が含まれておりますので、強い火で長く使い続けますと、底の傷みが早まるのです。
IHヒーターは、基本的にはおすすめしておりません
替え底をした鉄瓶はIHでもお使いいただけますが、必ず弱火でお願いいたします。とりわけシステムキッチンに備え付けの大型IHは火力が非常に強く、鉄瓶にはいささか荷が重うございます。
万が一、強い熱で底が割れてしまった場合には、埋金では直せず、もう一度、替え底の修理が必要になってまいります。
最後に、ひとこと
ガスでもIHでも、弱火であれば、沸くまでの時間はさほど変わりません。
道具を急かさず、こちらの心も少し緩めて、ゆっくりと湯の沸く音に耳を傾ける。そんな時間の使い方を、この鉄瓶と共にしていただけましたら、それに勝る喜びはございません。

まとめ
- 龍文堂の鉄瓶は、少なくとも七十年、時には百年近く前のものが多い
- 「替え底」は底を新しく作り直す修理。継ぎ目は「埋金」という伝統技法で接合する
- 埋金はもともと新品の鉄瓶にも使われてきた由緒ある製法
- ストーブでの長時間放置・空焚き・水切れ状態での加熱は避ける
- 熱源は電熱コイル式が最もおすすめ。ガス・IHは必ず弱火で
火鉢屋・番頭 三浦


