古(いにしえ)の技、未来への挑戦(たたら製鉄)

たたら製鉄に集中するよ!

いつも大変お世話になっております。番頭三浦です。

昨年2024年をもちまして、当店は開店から20年という節目を迎えました。

長きにわたる皆様との御縁に感謝いたします。

この20年、様々なことがありました。多くのお客様との出会い、職人さんたちとの繋がり、そして何よりも、火鉢や鉄瓶を通して、日本の伝統文化の素晴らしさを伝えることができたこと。

それは番頭にとっても貴重な体験でした。

しかし、時代の流れとともに、日本文化の環境も大きく変化してきました。

特に、この10年で弊店の職人さんの数は5分の1に、また取り扱う商品数は10分の1以下にまで減ってしまいました。これは時代の流れとはいえ、大変残念なことです。

特に残念だったのは、「鍛冶屋の田中二三男」と、山形の茶道具師「菊池正光」の2人が居なくなってしまったこと。

鍛冶屋の田中さんは鉄瓶の鉉(取っ手)と、中が空洞の火箸、灰均しを作っていました。

お家に泊めていただいたこともあるのですが、本当に自給自足の生活を送られていました。牛肉以外お金で買ったことがないというほどで、鹿の解体も依頼を受けて請け負うほどでした。そのため鍛冶仕事で稼ぐ必要もなく、そういった意識もなかったため当初は激安で販売されていました。

また、茶道具の世界で知らない人はいないと言われた菊池正光さんの逝去は大きな損失です。千利休が秀吉の命で切腹に至る前に隠したとされる薩摩五徳の設計図。こちらが昭和に入ってどこぞの寺の床から見つかり、菊池正光さんが見事に復刻させていました。

しかし、今ではその薩摩五徳を作る職人はいなくなってしまいました。

さらに、菊池正光さんしか作ることができなかった虫喰五徳に至っては、まさに唯一無二の存在でした。これほど貴重な、誰も作ることのできないものが失われるとは、本当に残念でなりません。

昔の職人さんたちは、「良いものを作ることに全力」という、まさに職人気質の方々でした。

田中さんなどは自給自足の大家族。

生活の基盤は、ほとんどお金を使わずに賄えていましたので作った作品を驚くほど安く売って居ました。

例えば、弊店が仕入れるまで、田中さんの2万円の火箸は3000円で売られていました。

当時はまだインターネットが普及しておらず、情報が限られていた時代でした。

番頭の私は職人さんの技術に見合う正当な対価が支払われるべきだと考え、1万円〜2万円で販売することにしました。

その結果、鍛冶屋の田中さんは、念願だったお弟子さんを取ることができるようになったのです。

多くの職人さんの息子さんがあとを継がない最大の理由

それは「生活できないから。」

このような地道な活動を、もっと広範囲に行っていれば…と、今では少し後悔しています。

茶道の世界では、千利休の時代から、くぬぎ炭が重宝されてきました。しかし、そのくぬぎ炭の文化が、今、まさに風前の灯火となっています。職人不足というよりも、木こり不足が。そしてウクライナ戦争によるロシアからの住宅木材の輸入停止が追い打ちをかけ、状況はますます厳しくなっています。

こうした状況を受け、私たちは、今後のあり方を改めて見つめ直しました。

そして、大変恐縮ながら、今後、商品数を増やすことは考えておりません。

お店を大きく成長させるつもりもありません。

お店自体は継続されると思いますが、現状維持か、場合によっては縮小していくことになると思います。

ECサイトはこのまま運営を続けてまいります。

しかし最も重要なことは日本の古(いにしえ)の文化を世界に広め、残すこととしています。

物を販売する以上に、たとえば今なら

戦前まではたたら製鉄が当たり前でした。炭と鉄、砂鉄を混合して原材料を造ります。

現在は「もらい湯」といって電気溶解釜で輸入鉄を溶かし、炭素をまぜたりして作っています。

そうではなく、本来の茶釜や鉄瓶がそうであったように、「たたら製鉄」によって作られた砂鉄の鉄瓶を現在に復活させて残そうという動きがあります。

すでにテスト的に、2022年から2年間の間に数は少ないながらも、この貴重なたたらの砂鉄の鉄瓶を販売してまいりました。もちろん10個にも満たない数です。

これは、利益を追求するのではなく、貴重な伝統技術であるたたら製鉄を維持していくことを目的としています。今後、弊店では、このたたら製鉄の砂鉄鉄瓶に関するコンテンツをご紹介してまいります。

それでもまだまだ乗り越えなければならない壁がありますので、明言できない部分もあります。

現代、私たちが目にする鉄は100%が輸入されたものです。殆んどはオーストラリアからです。

かつて日本各地で盛んだった鉄鉱山、そして少なかったけれども砂鉄の採掘は、昭和41年に鉱山が閉山し現在は入手不可能となっています。

ちなみに日本の刀鍛冶は別です。国の重要文化財として国がかかわっているようで詳細は不明です。まちがっても輸入鉄ではありませんので念の為。

さて。

そんな現在、数名の職人さんが有志となって、この貴重な「たたら製鉄」の技術を残そうと活動しています。たとえば今一番付き合いのある秀峰(しゅうほう)という職人は、自ら山中の川で磁石を使って砂鉄を採取し、古来の製法で砂鉄を錬成しています。

しかし、その工程は非常に困難を極め、様々な難題が山積しています。そのため、年間で製作できる鉄瓶は、わずか5個前後に限られています。

またこの5個すらも成功させるためには、私も島根へ足を運ばなければなりません。実はまだ他の方の強力が必要で100%OKとはなっていないのですが、でも年に5個とか数個は製作してもらう予定でいます。

このたたら製鉄の取り組みを進めるにあたり、複数の地域、複数の職人さんと協力して進めていこうとしています。

また次回のブログでご説明いたしますが、生成AIの時代になりましたので私一人で充分、世界へ打って出ることが出来るようになりました。すでに下地は造り始めておりますので年内にはご紹介できると思います。

これが、私たちの新たな挑戦です。古(いにしえ)の鉄と、未来への架け橋となる。

そんな存在を目指して、弊店というか番頭の三浦はこれからも歩んでまいります。

次回のブログでは、この取り組みについてと、「たたら製鉄」の鉄瓶について少しだけお話いたします。

今後とも、よろしくお願いいたします。